各科目ワンポイントアドバイス人間の尊厳と自立

この科目では、人権思想の歴史やノーマライゼーション、人間の尊厳、自立支援などに関連した問題が出題されています。毎年出題は2問のみですが、介護福祉士として働く上で、適切な価値観を持っているかを問われます。

今回のテーマは「権利擁護=アドボカシー」です。
「擁護」という言葉は「かばいまもる」という意味合いを持つ言葉です。すなわち、「権利擁護」の意味を一言で表すとすれば「利用者の権利をかばいまもる」ことであるといえます。理解しておくべきポイントをまとめてみたいと思います。

では始めましょう。
自分の意思をうまく表現できない高齢者や障害者に、介護福祉士が行うべき支援は何でしょうか?

利用者ニーズの代弁

「利用者ニーズの代弁」とは日本介護福祉士会倫理綱領に掲げられている項目の一つです。具体的な場面で考えてみましょう。

利用者への食事介助の場面を想像してみてください。

声を出すことが難しい利用者の食事介助時に、
利用者が口をよく開くときと、あまり口を開かないときがあった。

もしかしたら食事の好き嫌いなのかもしれない。

このことを家族に確認してみよう。

やはり好き嫌いがあった。嫌いな食べ物は出さないようにしよう。

このことを他の職員にも報告しよう。

介護福祉士が利用者と関わる中で気づいたことを、家族に確認し、他職員に伝え、職員間で共有したケースです。
「自分の嫌いなものを無理やり食べさせられる。」もし自分だったらと考えたときに、嫌な気持ちになるのではないでしょうか?介護福祉士として働く上で、「利用者にとって嫌なことはしない」「利用者の望むことを支援する」という考えを、常に頭に入れておくことが大切です。そして、そのような支援を実現するためには、利用者の好きなこと・嫌いなこと、望むこと・望まないことなどを把握し、他職員に発信していくことが求められます。
これが「利用者ニーズの代弁」です。

今回は食事の例を取り上げましたが、他にも様々な場面で同様のことが想定されます。介護福祉士は利用者の意思を確認して、職員間で共有し、適切に支援をしていく。これが「利用者の権利を擁護する」ということにつながっていきます。

実際に出題された試験問題を通して理解を深めていきます。
介護福祉士 第30回 問題2を解いてみましょう。

Aさん(65歳、男性、要介護2)は、昨年、アルツハイマー型認知症(dementia of the Alzheimer's type)と診断された。妻は既に亡くなり、娘のBさん(35歳)は遠方に嫁いでいる。Aさんは、現在、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)で生活している。Aさんは介護福祉職に対して、「Bは頭もいいし、かわいいし、きっと妻に似たんだな」とよく話していた。
Bさんが面会に来た時、「誰だい。ご親切にありがとうございます」というAさんの声と、「私はあなたの娘のBよ、忘れちゃったの」「お父さん、しっかりしてよ」と怒鳴るBさんの声が部屋から聞こえた。
介護福祉職がAさんへのアドボカシー(advocacy)の視点からBさんに行う対応として、最も適切なものを1つ選びなさい。
  1. Aさんへの行動は間違っていると話す。
  2. Bさんに対するAさんの思いを話す。
  3. Aさんの成年後見制度の利用を勧める。
  4. Aさんとはしばらく面会しないように話す。
  5. Bさんの思いをAさんに伝えると話す。

皆さん、正解の選択肢を選べましたでしょうか?
それでは、選択肢ごとのポイントをまとめていきます。

選択肢1:
娘のBさんは、父Aさんの現状を理解できていないため、「忘れちゃったの」「しっかりしてよ」といった発言をしていることが考えられます。介護福祉職は、Aさんが認知症の見当識障害により、Bさんのことがわからなくなっていることを専門職として丁寧に伝えることが必要です。Bさんの行動を否定することは適切とは言えません。
選択肢2:
これが正解です。
Aさんは、介護福祉職にBさんのことを良い娘であると話しています。しかし、認知症により、目の前にいるBさんが自分の娘であるとわからなくなっているのです。Aさんが日頃話しているBさんへの思いを介護福祉職が代弁してBさんに伝えることは望ましいことです。これは、Aさんが娘のBさんと会う権利をまもることにつながります。
選択肢3:
成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などの理由で、判断能力の不十分な方を対象に財産の管理、生活及び療養に関する保護を行うための制度です。制度では、家庭裁判所が成年後見人(支援者)を選任することになっています。今回の事例ではAさんの判断能力がどの程度であるかわかりませんが、まずはAさんの現状と思いをBさんに伝えていくことが先決であると考えられます。そのため、最も適切とは言えません。
選択肢4:
AさんはBさんのことを良い娘であると思っています。そのため、AさんはBさんに会いたいと思っている可能性が高いと推測されます。そのため、Bさんに面会をしないように話す事はAさんの権利を侵害していることになり、適切とは言えません。
選択肢5:
Bさんの思いとは、Aさんが自分のことをわからなくなってしまい怒っている、ということです。このことをAさんに伝えることは、失望と混乱を招くことになりかねません。つまり、Aさんの安寧の権利を奪うことになり、適切とは言えません。

いかがでしたでしょうか。
選択肢の文章は、少しややこしい言い回しをしていましたが、Aさんにとって何が望ましいことなのか、という視点で考えることができれば正解にたどり着けると思います。
第32回では、「利用者の意思を代弁することを表す用語は何でしょうか?」という、用語自体の意味を問う問題も出題されています。「権利擁護」だけでなく「アドボカシー」という言葉も覚えておきましょう。